Memories of summer

(side 大石)




英二・・・


触れた唇をそっと離すと、英二が潤んだ目で俺を見上げている。

やっと都合をつけて取った貴重な夏休み。

親が一緒に旅行に行こうというのを、部活があるからと断り英二の為に空けた。


いや・・・英二の為だけじゃないな。

俺も英二とゆっくり過ごしたかった。

最後の夏休みは英二と一緒に・・・ゆっくりと・・・

だから今日は水槽を掃除した後、英二の夏休みの宿題を見て、英二にはまだ言っていないけど明日は二人で久々に出かようと考えている。

一応俺なりに考えたプランっていうか・・・段取りなんだけど・・・


英二の顔を覗き込む。

そこにはやはり潤んだ目で俺を見上げる英二がいて・・・

段取りでは次は宿題なんだよって・・・俺の頭の片隅に残った理性が言ってるのに

俺は英二をベッドに引き寄せてしまった。


おかしい・・・

ホントはアルバムを見てやきもちを妬いて拗ねてしまった英二の機嫌を直そうと思っただけなのに、ジュースを一緒に入れに行って気分を変えて・・・

そう思って立ち上がった筈なのに・・・



「おおいし・・・」



英二が甘い声で俺を呼ぶ。


そうだよな・・・少しぐらい段取りが狂っても・・・いいよな。

今はまだ昼過ぎだけど、家族は旅行でこの家には俺達だけだし・・・

宿題は・・・そうだな・・・後で英二に頑張ってもらうとしよう。


俺は少しだけ残っていた理性を頭の中から消した。



「英二」



英二の目を見つめもう一度唇を重ねてゆっくりと押し倒すと、小さいキスを何度も降らせた。



英二・・・英二・・・英二・・・

英二の体に自分の体重を乗せる。

そして上がり続ける体温に身を任せ、まさぐるようにTシャツの裾に手をかけた。


英二・・・



ピンポーン



えっ!?


そんな時、俺に冷や水を浴びせるようにチャイムが鳴った。

一瞬にして動きが止まり、意識が現実に引き戻される。


まさか・・・今朝出たばかりなのに家族が帰って来た・・・って訳じゃないよな?

ひょっとして忘れ物・・・?

そんな訳ないか・・・じゃあ宅配便?



ピンポーン



「大石・・・?」



英二も同じ思いなのか不安げな顔で俺を見上げる。

どちらにせよ出てみなければわからない。



ピンポーン



3度目のチャイムで俺は仕方なく英二から離れて体を起こした。



「英二ごめん。ちょっと出てくる」

「う・・・ん。わかった。でも早く帰って来てよね」



寝転がったまま見上げる英二の髪をそっと撫でて俺は頷いた。



「わかった。すぐ戻るから。待ってて」



そして立ち上がると急いで部屋のドアを開けて、来た人が帰らないように大きな声で 叫んだ。



「今出ます!!」
















部屋を出ると鳴り続けるチャイムにインターホンで答えるより出た方が早いと俺は階段を駆け下りて玄関に直接向かった。


まさかホントに家族が戻って来たという事は無いと思うが・・・

もしそんな事になったら英二・・・怒るだろうな・・・

二人っきりで過ごせると思ったのに!!とか言って・・

だから出来れば宅配便・・・新聞勧誘だったら・・・俺が怒る。


短い間に色んな事を考えて、玄関に到達したのと4度目のチャイムはほぼ同時だった。



「はい!」



勢いよく玄関をあけると、そこには居て欲しいと思っていた宅配の人ではなく・・・

引き返してきた家族でもなく・・・・見知らぬ男の子が立っていた。



「やぁ!大石っ!久し振り!」

「えっ?」



大石・・・・?


元気に手を上げるその姿に、何処か見覚えがある。


だけど・・・・


玄関のドアを開けたまま、その男の子を見つめる。



「大石忘れちゃったの?酷いな・・・いつか必ず会いに来るって言ったのに・・・」



その子は頬っぺたをかきながら口を尖らせた。


この仕草・・・表情・・・ひょっとして・・・いや間違いない・・・



「伊織くん!!」



名前を呼んで玄関から門へと駆け寄ると、伊織くんははにかんだ笑顔を見せた。



「思い出してくれた?良かった・・」

「久し振り!どうしたんだ?1人?どうやってここまで・・?」



突然の事に驚いて、矢次ばやに質問すると伊織くんは俺の肩をポンポンと叩いてニカッと笑った。



「落ち着けよ大石。驚いたのはわかったけど、俺がここにいるのは大石に会いに来たに決まってるだろ?

それとここまでは電車で1人で来た」



笑顔を見せる伊織くんを約4年ぶりに見たけど、そばで見るとやはり小学校の時の面影が残っている。

背が低くて体が弱かった事をコンプレックスにしていたけど、普段は明るく元気が良くてよく笑っていた。

それに凄く負けず嫌いだったよな。



「1人で電車でって・・・あっそうだ体は?良くなったのか?」



そうだった。伊織くんの引越しの原因・・・喘息

伊織くんは気管支が弱くて、東京を離れたんだった。



「体は・・・まぁうん。昔みたいに酷くないよ」



少し節目がちに答えた伊織くんの姿は気になったけど、それでもあの頃の伊織くんの発作を思えば俺は心から安堵した。



「そっか・・・良かった・・・」

「それよりさ大石。俺が急に会いに来たの迷惑だった?」

「えっ?」



突然の話の方向転換に驚くと、伊織くんが俺に紙袋と鞄を見せた。



「もし迷惑じゃなかったら、大石の家に上がっていいかな?疲れちゃった」

「あっ!ごめん。そうだよな。こんな玄関先で立ち話なんて・・・

 どうぞ上がって、今日は家に俺しかいないからたいしたおもてなしも出来ないけど」

「いいよおもてなしなんて、俺も突然来たし・・・」

「そんな突然だなんて、会いに来てくれて嬉しかったよ。はいどうぞ上がっ・・・」





あっ・・・・・あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!



伊織くんを玄関まで誘導し、ドアを開けるとそこには・・・

仁王立ちした英二が立っていた。















「へ〜〜相変わらず。大石の家は綺麗に片付いてるよね」



伊織くんはリビングのソファに座って、懐かしそうにキョロキョロと部屋を見回している。



「俺ちょっと、ジュースを入れてくるから。そのまま寛いで待っててくれる」

「あぁ。うん。ありがとう。でも気を使わないでね」



笑顔を向ける伊織くんに『あぁ』と返事を返して、俺は急いでキッチンに向かった。


ヤバイ・・・突然の事ですっかり英二を待たせていた事を忘れていた。

あんなにいい雰囲気で・・・すぐに帰って来てよねって言われていたのに・・・

怒るの当たり前だよな・・・・あぁ・・・俺って奴は・・・



「ごめん!英二!」



キッチンに入ると、柱にもたれて腕を組んでいる英二に俺は頭を下げた。



「ごめん?ごめんで済んだら警察なんて要らないんだよ大石」



語尾を強調しながら、英二が睨む。


あぁ・・・無理も無いけど・・・相当怒ってるよな・・・



「ホントにごめん。突然の事で・・・それに久し振りだったし・・・」

「ふ〜〜ん突然で・・・久し振りね。それで俺をベッドで待ちぼうけにしたんだ」



更に英二が俺を睨み付ける。


あぁ・・・ホントにそうだよな・・・返す言葉がないよ。



「本当に悪かった。この埋め合わせは必ずするから・・・」



俺は誠意を込めてもう一度頭を下げた。

英二のため息が頭上で聞こえる。



「ハァ〜〜〜・・・・んじゃさ。なるべくアイツを早く帰してよ」

「えっ?・・・それは・・・わざわざ遠くから会いに来てくれたのに・・・」



英二が怒るのも無理は無いとは思うけど・・・流石にそれは・・・


と言葉を濁すと英二が俺のTシャツの裾を引っ張った。

そしてじとっと恨めしそうな目線を向ける。



「俺達の休日も久々なんだけど・・・

しかも家族もいない、ホントに二人っきりで過ごすのなんていつ振りだと思ってんの?」



・・・・・・・確かに・・・かなり久し振りだよな・・・



「わかった。なるべく早く帰ってもらえる様に努力するから」

「ホントに努力してよね」



念を押した英二が更にTシャツを引っ張って俺を引き寄せた。



「で・・・アイツ誰なんだよ」



そうだった。玄関を開けたら仁王立ちの英二がいて、思わず説明する前に英二をキッチンに押し込んで、伊織くんをリビングに案内したんだった。



あぁ名前を言うのが怖い・・・

なんていうタイミングの悪さ・・・・

英二絶対に機嫌悪くなるよな・・・

でも言わない訳にもいかないし・・・誤魔化すわけにもいかない・・・

ここはなるべく明るく言ってみよう・・・



「えっと・・ほらさっきアルバムで見た、神田伊織くん・・噂をすれば何とやら・・だな」



ハハッと笑いかけてみたが、みるみる英二の表情が曇って行く。



「はっ?アルバム?神田・・・・伊織?」



英二は小さく『あっ!』と言うと、リビングを覗き込んだ。



「アイツが・・・伊織か・・・」



ギリギリと歯軋りしの音が聞こえてきそうな表情に、俺の額に汗がジワリと滲んだ。


やっぱり・・・駄目だったか・・・



「大石っ!」

「はいっ!」



英二がリビングに顔を向けたまま俺を呼び振り返った。



「絶対に早く帰ってもらってよね」



そして今日一番の睨みを利かす。



「が・・頑張ります・・・」



一抹の不安を抱きながら英二に苦笑いを返していると、待ちくたびれたのかひょこっと伊織くんがキッチンに顔をだした。



「何やってるの?」

「あっ!あぁごめん。ちょっとお菓子の用意を・・・なっ英二」



突然の事に驚いたけど・・・



「うん。そうそう。あっこれ持って行くんだよな」



流石英二・・・伊織くんが顔を覗かせたと同時に握り締めていた俺のTシャツを離して上手く話を合わせてくれた。



「余りにも遅いからさ。心配しちゃった」

「そんな心配だなんて・・・大丈・・・」



首を傾げる伊織くんに思わずフォローを入れかけると



「俺、これ先に持って行くね!」



うおっ!!

顔も声も可愛らしく英二が言ったんだけど・・・

足元は顔や声とは裏腹に俺の足を思いっきり踏みつけている。

英二・・・いっ痛い・・・


俺が必死に痛みを堪えていると涼しい顔で英二が俺だけに聞こえるようにボソッと言った。

『大石。余計な事は言うなよ』


ハハハハハ・・・・・ハァ〜・・・・



「じゃあ。もって行くね」



笑顔でそう言うと、何事も無かったように英二はリビングに向かった。



「あぁ・・・頼むよ」



英二の後姿を見送ってジュースをトレーに乗せていると、キッチンの入り口で伊織くんが俺のTシャツをジッと見ている事に気付いた。



「何?伊織くん」

「大石・・・そのTシャツどうしたの?」

「えっ?」



言われて見ると、俺のTシャツは英二に捻り引っ張られたせいで哀れなほどに伸びていた。



「ハハハハハ・・・ちょっとな・・・」



不思議な顔をする伊織くんに、俺は苦笑いを浮かべた。



やれやれ・・・・前途多難だな・・・




大石は押しに弱い・・・


って私がそう書いてるのですが・・・☆

(残り2ページ)